グラフィックを軸に、横断的にデザインする

こんにちワーカーを強く印象づけている黄色ベースに緑の手をモチーフにしたロゴ。これは今回インタビューしたsoda designさんにデザインをお願いしました。
エディトリアルから広告、CI、WEBまでとにかく幅広く手がけていらっしゃるのでさぞ、たくさんのスタッフを抱えているんだろうなと思ったら、なんと柴田さん、タキさんとスタッフさんの3名体制とのこと。率直に、どう仕事をされていらっしゃるのか、そこに新たに加わるスタッフには何を求めているのかお聞きしました。

ゲスト

  • 柴田さん

    柴田ユウスケさん

    代表取締役 / アートディレクター・グラフィックデザイナー

  • タキさん

    タキ加奈子さん

    アートディレクター・グラフィックデザイナー

それぞれが独立して色々なものを作ってる形に

田辺由保

田辺由保

この度はこんにちワーカーのロゴデザインをありがとうございます(笑)実は打ち合わせで柴田さんに数回お会いしただけであまりゆっくりお話したことないので今日は色々お聞かせいただけたらと思います。
早速なのですが、ご夫婦で仕事をされていらっしゃいますよね。どういう経緯で業界に入られて、ご一緒にお仕事するようになられたんですか?

タキ加奈子

タキ加奈子 さん

私は小さい頃から絵を描くのが好きで、漠然と絵を描く仕事に就きたいと思っていました。中学校始めまで漫画家になりたいと思っていたのですが、当Mr.Childrenがすごく好きで、その時に「このCDジャケットは誰かの手によって作られているんだ」と初めて認識して『CD ジャケットの絵を描ける人になろう』と。高校の時は、将来何になりたいか模索していました。小学校から続けていたバスケも続けていけるほど上手くないし…。人を助けたり社会の役に立つ仕事がいいのでは、と、弁護士になりたいと思ったことも…。だけどやっぱり、自分が好きなことを仕事としてやっていきたいという想いが強くなっていきました。それで、最初はイラストレーターを目指そうと思っていましたが、大学の授業で広告の授業を専攻して、その担当教授であった秋田寛先生との出会いから、デザインの方に強く傾いていきました。

田辺由保

田辺由保

弁護士は予想外です(笑)柴田さんはどうですか?

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

僕は音楽が好きで、ずっとバンドをやっていました。
できればミュージシャンになりたかったんですけど、ミュージシャンになれないんだったらレコーディングのエンジニアになりたい!っと思って高校時代にお世話になった先生に相談したら、スタジオが完備された新設学科がある大学を紹介されて、なんとか入学できましたしかし、入学して早々に『レコーディングのスキルを学ぶ場所ではなく、作品制作の場所です。』と言われてしまったんです。制作の過程でエンジリアニングも学べると考えていたので、ショックでしたね。

そんな夢破れた時に本屋さんで“広告批評”という雑誌を見つけました。

それまで広告ってあまり意識して見ていなかったけれど、無意識のうちにさまざまイメージを植えつけられていて、そう考えると広告って面白いっていうことに気づいたんです。それで音楽からビジュアル表現に興味がうつり、デザインを学びたいと思って。それからすぐに美術大学に行きたいと思い編入試験を受けることにし、一番最初に受験した東京造形大学に奇跡的に合格することができて編入学しました。そこで先ほどタキが影響を受けたと言っていた秋田寛先生と出会ったんです。




田辺由保

田辺由保

その先生のゼミで知り合って、今に至ると。その後はそれぞれ別々の事務所に勤められたんですよね。

タキ加奈子

タキ加奈子 さん

私はその先生のところに就職しました。そこには2年在籍しました。たった2年ですが、人生で一番濃厚な2年間だったように思います。その後CAPという会社に就職をしたんです。そこは4年いました。もっとい続けたいと思える会社でしたが、漠然と30歳になる前に独立しようと決めていた自分がいて、ちょうど29歳の時に退職したのを覚えています。

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

僕は編入だったため、2年間ではデザインを学ぶのに満足できず、大学院に進学しました。そこでも引き続き秋田先生にご指導いただきました。
卒業後は、デザイン制作会社に就職しました。3年間勤務したのち、転職しようと考えたのですが就職難だったため、自分が働いてみたいと考えていたデザイン事務所がほとんど求人募集していなくて…。でも自分が働いてみたいと考えていた会社以外には就職したくなかったので、募集をかけるまでフリーランスで働こうかなと。それで結果的に僕の方がタキより先に独立しました。

田辺由保

田辺由保

私、業界業種が近くてもパートナー的な存在の人と一緒仕事をしようと思ったことないんですけど。性格的に絶対うまく行かないと思うので(笑)お二人は当時からご一緒にやろうと思われていたんですか?

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

実は、独立する前からたまに二人で仕事をしていたんです。でもお互い会社で働きながらやっていたので1人では空いた時間を使って進めないといけないので仕事の進行を考えて2人で始めました。

一緒にやるとかっていう話を最初からしてたわけじゃないんですけど、独立するっていうのはお互い持っていた目標としてはあったので、段々年齢的に近づいてきた時に、一緒にやりたいっていうよりは、同じ屋根の下でやれたら良いんじゃないかと考えるようになりました。クリエイティブの刺激やコストという側面が強かったんです。

田辺由保

田辺由保

実際にはどう仕事を分けていらっしゃるんですかね?作業ごとなのか案件ごとに分けているのか。

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

さきほどお話したように、一つ屋根の下に柴田とタキがいるという、要は2つの営業窓口があるような形なんです。
ただ、弊社が制作し、東京メトロで配布している「metropolitana」という月刊のフリーペーパーは、月刊ということもあり会社全員で制作しています。

タキ加奈子

タキ加奈子 さん

私は前の職場の「CAP」が雑誌のデザインを多くてがけていたこともあり、独立後もエディトリアルデザインと呼ばれる冊子系の仕事を多くいただいています。

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

僕は特にそういう得意分野のバックボーンが無かったので、どんなジャンルのお仕事もご依頼いただければ引き受けていました。今はエディトルアルのお仕事が半分くらい、残りはブランディング、パッケージなどのお仕事が多くなりました。それぞれの得意なことが段々明確になってきましたね。

田辺由保

田辺由保

今お二人とスタッフさんと3人体制ですよね?少人数だとどういう体制で仕事をされるか気になるところだと思うのですが。今回これから応募される方を含めて、全体としてどういう体制を想像されているんですか?

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

そうですね、理想は全員が独立しているような体制にしたいですね。

今までのデザイン事務所って基本的にワントップなんですよ。
まず先生がいて、その人の作風を会得して、スタッフたちが形にしていくっていうのがやり方だったんですけど、これからの時代にはそのやり方だとスピード感的に難しいと思っているので、最終的には全員が独立しているような状態が理想だなと思ってはいます。最初からそれは難しいと思いますが。

タキ加奈子

タキ加奈子 さん

え?アートディレクターが何人もいるみたいなこと?

田辺由保

田辺由保

初めて聞かれたんですね(笑)

柴田ユウスケ

柴田ユウスケ さん

まあそういうことですよね。でもこの仕事に限らず、分業して色々やる人って、段々少なくなっている気がします。
1人でたくさんのことをやらないといけないと言うか、コンピューターがこれだけ発達して、100人で1つのものを作るってよっぽど大きいものじゃないといけないと思うんです。その流れは、どの業種においても同じかなって思うと、たくさん作っていくよりは、それぞれが1人で色々なものを作ってる状態の方が理想かなとは思っています。